第五章、 天地万物と一体になる






1) 道元における心について

2) 天地与我同根、万物与我一体

3) 山河大地、日月星辰







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1) 道元における心について


 この比較研究のきっかけは、序文でも書いたように、「正法眼蔵即心是仏」の巻にある「心とは山河大地なり、日月星辰なり」という言葉だったが、ここでもう少し詳しく道元がどんなふうに心を考えていたか述べたいと思う。「正法眼蔵」だけを見ても、心が主題になる、又心について大切な説示がある巻は非常に多いのである。「弁道話」、「身心学道」、「即心是仏」、「心不可得」、「古仏心」、「三界唯心」、「説心説性」、「発菩提心」、「他心通」、などがある。

 仏教では心を考える時に、二心説(四巻「楞伽」)、三心説(天台の「止観」)、四心説(「大日経疏」)などがある。道元は一般仏教学について若い時に比叡山で勉強したため、天台の立場である三心説を採用する。
三心とは第一に質多心(チッタシン)、これは環境に対して働く心作用、分別心、妄心、凡夫の普通の心の働きを示す。
第二には汗栗駄心(カリダシン)、これは草木心、自性清浄心、如来蔵心とも言われ、本来の姿としてあるべき心、真心を示す。
第三には矣栗駄心(イリタシン)、これはものの中心精髄を言い、精神作用に入らないのである。

「心宗」と言われる禅宗では修行を通して第二の自性清浄心、本具真心(心源)の自覚を目指す、そうすれば分別心が自然に解消するであろう。道元禅師における心も、いつもこの第二の真心であることに注意すべきである。まず「即心是仏」の巻から引いてみよう。

 「いわゆる正伝しきたれる心といふは、一心一切法、一切法一心なり。このゆへに古人いわく、「若し人、心を識得せば大地に寸土無し」。しるべし、心を識得するとき、蓋天撲落し、匝地裂破す。あるいは心を識得すれば大地さらにあつさ三寸をます。古徳いわく、「作麼生是妙浄明心。山河大地、日月星辰」。あきらかにしりぬ、心とは山河大地なり、日月星辰なり。しかあれども、この道取するところ、すすめば不足あり、しりぞくればあまれり。山河大地心は、山河大地のみなり。さらに波浪なし、風煙なし。日月星辰心は、日月星辰のみなり、さらにきりなし、かすみなし」。(「道元、上」、Pg.85)


 道元に伝わってきた心の考え方は華厳経に基づく唯心の考えである。あらゆる一切の存在と現象は一心の現れ出たもので、心を離れて存在するものはない。客観界といわれる世界にはその実在性がないということである。道元は「八十華厳経」の大地品の句「三界所有唯是一心」から題目をとって「三界唯心」の巻を書いた。巻の始めに「華厳経第三七離世間品」の次の言葉を引く
「三界唯一心、心外無別法。心仏及衆生、是三無差別」。
三界とは仏教の世界観で衆生の三つの迷いの世界、欲界、色界(欲界の上、淫欲、貪欲のない世界)、無色界(物を超越した精神のみの世界)をいう。「三界唯心」の巻はこの真実をはっきり示す。
「青黄赤白これ心なり、長短方円これ心なり、生死去来これ心なり、年月日時これ心なり、夢幻空華これ心なり、水沫泡焔これ心なり、春花秋月これ心なり、造次顛沛これ心なり、しかあれども殿破すべからず、かるがゆえに諸法実相心なり、唯仏与仏心なり」。(「道元、下」、Pg.14)



 大乗仏教でも、禅でもあらゆる物は心によって存在するのである。「心とは山河大地なり、日月星辰なり」、又すべての物は「これ心なり」と言う時にいかにも観念的な唯心論として批判されることもある。しかしこの場合の心は「空」という意味であり、「縁起」という意味であるから、仏教で言う唯心は普通言われる唯心論と違っている。仏教で説く唯心は「空」や「縁起」という意味であるからそれはあらゆる物を心の中で接して見るのではなく、あらゆる物が寄り合う関係の上に見るのである。

 心と宇宙万物の一切の物の関係をよく表わす説として華厳宗で言う「四法界」の説がある。この説は事法界、理法界、理事無礙法界、事事無礙法界という四つの世界観を説くのである。「事」というのは具体的な事物を指し、山河大地、日月星辰やすべての万物がこれである。「理」とは事物を成り立たせる原理としての心を指す。
第一の事法界は目の前に存在する物が見られる通りである。素朴な立場であり、いわゆる唯物論の立場はこれに当たる。
第二の理法界とは目の前に存在している物を成り立たせる心から見る立場であり、いわゆる唯心論の立場はこれに当たる。華厳宗では第一の事法界から出発して第二の理法界に進むが、これに止まらないで、これを真実の立場と見なさず、第三の理事無礙法界に進むのである。
この立場は心をも物をも中心として見るのではなく、物と心は互いに妨げない世界で、唯物論、唯心論を超えてそれを相互した立場である。これは普通仏教の存在観として考えられているが、華厳宗はこれをも究極の世界としないのである。
その上にもう一つ、第四の事事無礙法界の立場がある。物と心が互いに他を妨げない世界から物と物が互いに妨げない世界に進んだ立場である。
 この第四の立場は最初の出発点であった事法界と異ならないように見える、両方の「事」とは具体的な事物であることに異ならないが、事法界における事物は、互いに孤立し、対立し合うのであり、普通の人間(凡夫)の世界の見方である。第四界における事物はそれぞれ連関し、融通し合う存在である。華厳経のたとえで言えば、一つの網の目を引くと網全体を引き上げるように、第四界の事物における存在は一つの物の中に世界全体を含むのである。これは華厳宗の存在観ではあるが、禅宗をも含む大乗仏教は、すべてこのような存在観に立つのである。
 禅でもここで言う目の前の存在は自分と対立するものではない。普通、物を自分との対立の関係において見るのは西洋的思想の特色であると言われていて、西洋では自然が人間から服従されるべきであると普通にされている。もちろん西洋でも色々な哲学や世界観があって、この論文で見ているアシジのフランチェスコは禅で言う自分と物が一つであると言わなくても、すべての万物を兄弟姉妹と呼び、すべての物、人間、動物、植物と一体一心になっている生き方をしていたのである。


 ここで西洋の存在観の問題を別にして禅では華厳と同じく物が互いに対立する第一の事法界の立場ではなく、物と物が互いに妨げない第四の事事無礙法界の立場に立っているのである。一つの例として、青原惟信(宋代の人、臨済宗黄龍派、晦堂祖心の法嗣、普燈録六)は次のように述べている。
 「自分が三十年前、修行は未熟であった頃に山を見るにこれは山、水を見るにこれは水であった。後に少し修行が進んだところ、山を見るにこれは山にあらず、水を見るにこれは水にあらずという境地に至った。ところがこの頃は以前として山を見るにただこれは山、水を見るにこれは水だと」。

 青原の言葉は華厳宗で言う事法界から事事無礙法界の立場へ進む過程を示している。最初の「山を見るにこれは山」とは事法界的な立場、唯物論のように物を中心とする立場であって、第二の「山を見るにこれは山にあらず」とは唯心論のように心を中心とする理法界の立場であって、山を山としてではなく、心の現われとして山を見る。しかしここでまだ見る心(認識する心)と見られる山の対立が残っているのである。最後の「山を見るに、ただこれは山」とは第四の事事無礙法界の立場で、山と水と木と動物と人間の間に対立がなく、更に見ている自分をも忘じてしまって、見られている物と見ている心、主客の対立が完全に無くなって、物をありのままに見る立場である。


 道元が「即心是仏」の巻で言う「心とは山河大地なり、日月星辰なり」というのも唯心論、華厳宗の第二の理法界の立場ではなく、ただ万物を心の現われとして見るのではなく、見る自分と見られる物を超えた立場に進んでいる。
「しかあれども、この道取するところ、すすめば不足あり、しりぞくればあまれり。山河大地心は、山河大地のみなり」と道元がすぐ後で説明するように、第四の事事無礙法界の立場であることを示すのである。


 道元における心の考えを三界唯心という立場を中心として述べた。人間の本来の姿としてあるべき心(汗栗駄心)は主客の対立を超えて、認識するものと認識されるものの対立を超えて、宇宙万物のすべての物と一切の現象と一体となるのが大乗仏教で採用されている立場であるが特に道元はこれを明らかにした。本来の姿としてあるべき心(汗栗駄心)は天台では「草木心」とも言われるが道元も心について他の呼び方も使っている。「正法眼蔵身心学道」の巻にこう書いてある。
 「仏道を学習するに、しばらくふたつあり。いはゆる心をもて学し、身をもて学するなり。心をもて学するとは、あらゆる諸心をもて学するなり。その諸心というは、質多心・汗栗駄心・矣栗駄心等也。又、感応道交して、菩提心をおこしてのち、仏祖の大道に帰依し、発菩提心の行李を学習するなりたとひいまだ真実の菩提心おこらずといふともさきに菩提心をおこせりし仏祖の法をならふべし。発菩提心なり、赤心片々なり、古仏心なり、平常心なり、三界唯心なり。これらの心を放下して学道するあり。拈挙して学道するあり。(「道元、上」、Pg.74)

この文書に出る菩提心、赤心片片、古仏心、平常心、三界唯心は違う言葉で表わした同じ真実の心、本来の姿としての心のことを言う。
 発菩提心は仏道を求めて、仏道と一体になり、如来の大慈悲の心をもって、一切の衆生の救いを願う心である。菩薩の「自未得度先度他」の心構えを言う。菩薩のように自分が完全に救われる前に他人を一生懸命に救おうとする心のことを言う。
 赤心片片も汗栗駄心と同じように、誠の心、本来本具の心、仏心のことをいう。赤心は、赤裸裸、丸裸の心、何も隠されるものがなくはっきりと目の前に現われる心の意味である。片片はありのままの姿の意味で一片二片のように部分を指すのではなく、全体そのままのことを指す。蓮の葉は丸いまま、菱の角は尖ったままであるように、この真心の働きは他に何も雑物を交じえない、純一無雑の赤心そのものである。
 古仏心も祖師の真実の心を言う。これは「正法眼蔵古仏心」の巻の中に出る南陽慧忠の公案に由来がある。
 「国師因僧問、如何是古仏心。師云牆壁瓦礫」(「道元、上」、Pg.115)。
 慧忠禅師が表わしたことによって本物の心は何かと言えば、あらゆる物のことである。庭を囲む垣根の壁、その辺にころがっている小石、すべての物は本来の心の姿である。

 平常心というのも仏心、真理、不染汚、古仏心のことを言う。日常性の中に具っている根本的な心、日常生活の喫茶喫飯がすべて悟りそのものであることを示す。又、行住座臥の日常生活のことで、真の禅のありさまとされる立場である。これは初めて馬祖道一によって言われて(伝燈録二八)、中唐以後の禅思想を貫く根本となったのである。


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2) 天地与我同根、万物与我一体


 仏教では、一切の万物が一体であると言うことは、言うまでもなく、釈尊自身の悟りの内容である。それは「涅槃経二七」の「一切衆生、悉有仏性」という言葉に表わされて、仏教では根本的な教えとなる。日本の曹洞宗の太祖、瑩山紹瑾禅師は「伝光録」の首章に釈尊の悟りについて言う、
 「釈迦牟尼仏、明星を見て悟道して曰く。我と大地の有情と、同時に成道す」。そしてこの本則を拈提して言う、「謂ゆる我とは釈迦牟尼仏に非ず、釈迦牟尼仏もこの我より出生し来る。唯釈迦牟尼仏出生するのみに非ず、大地有情も皆是より出生す。大網を挙ぐるとき、衆目悉く挙がるが如く、釈迦牟尼仏成道するとき、大地有情も成道す。唯大地有情成道するのみに非ず、三世諸仏も皆成道す。恁麼なりと雖も、釈迦牟尼仏に於いて、成道の思ひをなすことなし。大地有情の外に、釈迦牟尼仏を見ること勿れ。設ひ山河大地、森羅万象、森々たりと雖も、悉く是れ瞿曇の眼睛裏を免がれず」。


 ここで言う我とは、歴史的人物としての釈迦牟尼ではなく、宇宙全体やそこに含まれている一切の物をもって我とした釈迦牟尼仏(如来法身)である。歴史的釈迦牟尼も、すべての物(有情)も宇宙を満たす真実としての仏身から出ずる。すべてが一体であるために、釈迦牟尼一人の悟りがすべての物(三世諸仏や大地有情)の悟りである。宇宙的仏身としての釈迦牟尼仏に含まれていない物は一つもない。すべては仏の眼(仏の神髄、その真実の姿)と一体である。道元も「正法眼蔵眼睛」の巻の中で如浄禅師の偈を引いて、
 「秋風清、秋月明。大地山河露眼睛」。
秋月が清く明らかで、その下の山河大地の黒い影は悉く仏の眼睛の現成であると著わす。また次の歌の中で、
 「峰の色、谿の響もみなながら我が釈迦牟尼の声と姿と」
と素晴しい言葉でこの真実を著わす。


 このような考え方は中国にも、仏教が伝わる前からあったようである。周時代の道教思想を表わす「荘子」(紀元前四ー三世紀)にもこの考えが出ている。

荘子の第二「斎物論篇」(岩波文庫、「荘子」一、五八)には、
 「天地一指也。万物一馬也」。
とある。一本の指も天地であり、一頭の馬も万物である。すべての存在をあるがままに肯定する境地に至った時、私たちの認識は万物の実相に近付いたと言える。そしてあるがままに物を肯定しているという意識もない時は「道」と一体になるのである。

又同じ「斎物論篇」(「荘子」一、六七)には、
 「天地も我と並び生じ、而して万物も我と一たり」。
天地の長久は我が生命と一つであり、万物の多様も我が存在と一体である。

第一九「達生篇」(「荘子」三、三三)には、
 「事を棄つれば、則ち形労せず、生を遺るれば、則ち精虧けず。夫れ形全く精復すれば、天と一と為る。天地は万物の父母なり。合すれば則ち体を成し、散ずれば則ち始めを成す」。
精神が本来のありかたにたち戻れば、天地や自然の働きと一つになる。天と地は万物の父母である、天の陽気と地の陰気が結合すると万物の形ができ、分散すると未生の始めの状態となる。第三三、

「天下篇」(「荘子」四、二三三)には、
 「我れ天下の中央を知る。燕の北、越の南、これなり。ひろく万物を愛すれば、天地は一体なり」。
世俗の時間的、空間的差別が絶対でないと分かって、万物を愛し、心を一つにすれば「天地が一体」という境地に生きる。

 「荘子」の文書で見たように中国に仏教が伝わる前にもこの天地一体の考え方があったようである。しかし最近の研究によれば、今残っている「荘子」が郭象という人によって四世紀に整理されて、まとめられたものとされているので(窪徳忠、道教史、山川出版社、1977、P.59)、大乗仏教が「荘子」から影響を受けたか、反対に影響を与えたかはっきり言えなくなったのである。


 「荘子」のこのような考え方が明白に現われるのは晋の時代の僧肇が著わした「肇論」である。しかしこれは郭象が「荘子」をまとめた時期に近いことが興味深いなのである。「肇論」中の第四「涅槃無名論」第七好存篇にこう書いてある。
 「玄道は好悟にあり。好悟は即真にあり。即真なれば即ち有無斉しく観ず。斉しく観ずれば即ち彼れと己れと二なし。ゆえに天地と我と同根。万物と我と一体なり。」(大蔵経、四五巻、一五九中)。


 僧肇は羅什三蔵の三千人の門下の中、四哲と言われた門下の一人で、しかも「解空第一」と賞讃されて、羅什が伝えた般若空観を中国仏教界に正しく定着させた人物である。長安の出身で老荘学を勉強した後、「維摩経」を読んだのがきっかけで羅什の元で出家し、経の翻訳を手伝った。四論からなる「肇論」を著わし、414年に亡くなったとされる。
 般若空の思想を中心とする禅でも彼の言葉が後に広く引用されて、天地万物そのままは仏性の顕現であり、自己の本心と異ならないというような意味でよく用いられている。

その例として「雪竇頌古」(碧巌録)の四〇則を見てみよう。
 「陸亘大夫、南泉と語話する次いで、陸云く、肇法師道く、天地と我と同根、万物と我と一体と、也た甚だ奇怪なり。南泉庭前の花を指して、大夫を召して云く、時の人この一株の花を見ること夢の如く相似たり」。
南泉は僧肇の言葉を具体的に示して、自己の本心と庭前の花が一体ということを表わした。普通の人が花を見る時に見る自分と見られる花が対立して、それは真実のありかたではなく、単なる夢に過ぎないのである。花を見ると、ただ「ハアッ」と花が心と体いっぱい、宇宙全体いっぱいになる。何も観念を交じえない素直な見方である。この南泉と陸亘大夫の公案は殆どそのままに「宏智頌古」(「従容録」)の九一則にも「南泉牡丹」の題目で出ている。


 道元禅時も「永平広録」、巻二、二四に僧肇の言葉を引用している。
 「昔「天地と自分とは同根であり、万物と自分とは同体である」と言った。師は払子を立てて言われた。「これは私の払子である。何が体を同じくし、何が根を同じくしているか。今、性命を惜しまず、あなた方のために説こう」と。ややしばらくして言われた。「盧陵米の価は高く、鎮州の大根は大きい」と。払子を投げ出して下座された」。
禅師が立てている払子と何が同体同根であろうか。中国の盧陵は米の産地として有名で、鎮州も大根の産地として有名である。何も付け加えないで払子を投げ出して下座する。米が高いまま、大根が大きいまま、払子を投げ出したままに何も分別知が交じえなければ、修行する人は米と大根と払子と一体であることが分かる、払子から呑み込まれて同体になることを逃れないであろう。


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3) 山河大地、日月星辰


 道元禅師は中国の禅からならって、宇宙全体とすべての万物を「山河大地、日月星辰」という言葉で表わすことが多いのである。この言葉はA山霊祐の言葉として「聯燈会要、七」に出ている。(「A山問仰山、妙浄妙心、汝作麼生会。云、山河大地、日月星辰」)。

 道元は正法眼蔵の中にこの言葉をまず心(自己)と宇宙万物が一つであることを示すためによく使う。
 「心とは山河大地なり、日月星辰なり」(即心是仏の巻、「道元、上」、Pg.85)。
 「唯心は・・・・牆壁瓦礫なり、山河大地なり」(三界唯心の巻、「道元、下」、Pg.14)
 「しばらく山河大地、日月星辰これ心なり・・・・山河大地等、これ有情にあらざれば、大小にあらず、得不得にあらず、識不識にあらず、通不通にあらず、悟不悟に変ぜず」(身心学道の巻、「道元、上」、Pg.75)。

ここは宇宙万物のありのままの姿を体得すべきということを示す。人が万物について考えたり、理解しようとしたりする時は自己と山河大地と対立が生じ、一体でなくなる。
 「長沙景岑禅師に、ある僧とふ、いかにしてか山河大地を転じて自己に帰せしめん。師いはく、いかにしてか自己を転じて山河大地に帰せしめん。いまの道趣は、自己のおのずから自己にてある、自己たとひ山河大地といふともさらに所帰に罫礙すべきにあらず」(谿声山色の巻。「道元、上」、Pg.293)。

この話しは「永平広録、九」、四二や「真字正法眼蔵、上」、一六に出る。また「宏智拈古」の六六則に出て、もともと「伝燈録、十」、や「聯燈会要、六」に出る公案である。
 「瑯n(ろうや)の広照大師慧覚和尚は、南岳の遠孫なり。あるとき、教家の講師子a(しせん)とふ、清浄本然、云何忽生山河大地。かくのごとくとふに、和尚しめすにいはく、清浄本然、云何忽生山河大地。ここにしりぬ、清浄本然なる山河大地を、山河大地とあやまるべきにあらず。しかあるを、経師かつてゆめにもきかざれば、山河大地を山河大地としらざるなり」。(谿声山色の巻。「道元、上」、Pg.293)。

この話しも「永平広録、九」、四六や「真字正法眼蔵、上」、六に出る。また「碧巌録」、三五則や「従容録」の百則に出て、出典は「普燈録、三」である。ここで慧覚と子a(しせん)が同じ言葉を使っても境涯は違う。子a(しせん)は客観的に山河大地を見る、しかし慧覚と違って、清らかで本物である山河大地を少しも知らないのである。


 宇宙万物そのままが仏性の現われであることを示して「山河大地、日月星辰」を使う場合もある。
 「この山河大地みな仏性海なり・・・・恁麼ならば、山河をみるは仏性をみるなり」。(仏性の巻。「道元、上」、Pg.49)
 「諸仏如来ひろく法界を証するゆへに微塵法界、みな諸仏の所証なり。山河大地、日月星辰、四倒三毒、みな如来の所証なり。山河をみるは如来をみるなり」。(四禅比丘の巻。「道元、下」、Pg.470)。

 宇宙万物と一体であれば、修行は山河大地の修行である。頭だけ、また体だけの修行ではなく、自己全体、山河大地と一体である自己を修行することである。経典中心の修行よりも、万物によって修行するのである。
 「山河大地、日月星辰にても修行せしむるに、山河大地、日月星辰、かへりてわれらを修行せしむるなり」。(諸悪莫作の巻。「道元、上」、Pg.358)
 「山河大地をもて経をうけ経をとく、日月星辰をもて経をうけ経をとく」。(仏経の巻。「道元、下」、Pg.74)
 「おほよそ経巻に従学するとき、まことに経巻出来す。その経巻といふは、尽十方界、山河大地、草木自他なり。(自証三昧の巻。「道元、下」、Pg.240)


 中国では「山河大地、日月星辰」という言葉は宇宙万物を表わすために使われて、禅は宇宙万物と自己が一体であることを強調する。道元禅師は特にこれを明らかにして、修行も古則公案の工夫に対して、現成公案(目の前に姿を表わす山河大地等)の修行として発達させた。彼が京都を離れて、北越で永平寺を立てたのも、他の仏教宗派の圧迫を避ける理由もあっただろうが、仏教学問や経典中心の京都という環境よりも、山河大地、大自然の姿そのままである北越の深い山は、道元が発達させた現成公案の修行に一番ふさわしい環境ではなかっただろうか。道元は中国から帰国する直前、如浄禅師からいつも人里離れたところで修行を続けるように進められた(深山幽谷にかくれて自重自愛し、釈尊の大法を大切に護持する)。そして北越に入ったのは1243年7月17日(15年前に如浄禅師が亡くなったのと同じ日)であったことは先師の志に従おうとしたことも分かるであろう。
 ここで道元が宇宙万物のことを「山河大地、日月星辰」と呼ぶところだけを引用した。しかし絶対の真実として目の前に現成する宇宙万物のことを、たとえば三界唯心、有情無情、大地国土、森羅万象、草木瓦礫など、他にも色々な呼び方を使うのである。特に道元がよく使う呼び方として「尽十方界、真実人体」というのがある。
 「尽十方界、真実人体」というのは十方(東西南北、四維、上下)に亘るありとあらゆる世界がそのまま仏の姿としての絶対真実であり、仏性の顕現であることを示す。言葉を換えれば、我とすべての物は宇宙全体を充満する真実のありかた、仏の体である。人間が生きているのもこの人体である絶対の真実の中に生かしてもらっているに過ぎないのである。言い方としては「伝燈録、二一」、安国慧球禅師の章に、玄沙師備の言葉として出ている。
 「尽十方界箇真実人体なり、生死去来真実人体なり。この身体をめぐらして、十悪をはなれ、八戒をたもち、三宝に帰依して捨家出家する、真実の学道なり。このゆへに真実人体といふ・・・・いまのなんじ、いまのわれ、尽十方界真実人体なる人なり。これらを蹉過することなく学道するなり」(身心学道の巻、「道元、上」、Pg.78)。
 「我有は尽十方界真実人体なり、尽十方界沙門一隻眼なり、衆生は尽十方界真実体なり」(三界唯心の巻、「道元、下」、Pg.12)。
 「尽十方界、是箇真実人体の参徹を遍参とする」。(遍参の巻、「道元、下」、Pg.163)。
修行も尽十方界真実人体の修行として、すべての万物と共に、すべての万物と一体になって、宇宙全体の真実の中に生きていることに目覚める修行なのである。


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