第六章、 比較を試みて
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禅とキリスト教を比べるのは簡単なことではなく、いくつか似ているところがあっても、基本的に全く違う立場に立っているように思われている。特に禅はキリスト教のような宗教の立場から見れば、認められないところが多いのである。キリスト教の神のような人格的絶対者を立てないので、無神論と批判され、また禅が絶対的な真実の在り方を「無」と言い、あらゆる事物や現象の固定した実態を否定するので「ニヒリズム、虚無主義」とも言われる。他にも禅の修行の中で修行者を助ける神のような相手を立てないので、禅は「自力」の宗教と言われて、すべては自分の努力にまかされていると批判されるのである。
私の場合は禅を知って、初めて坐禅をしてみた時、心が落ち着くと感じて坐禅をし続けた。日本に来てから長く坐ったり、何回も坐禅の「接心」に出たりして、師匠についていい指導を受けながら、禅で言う「無」や「悟り」の世界はまだはっきりと掴んでいないが、少しはなんとなく分かったような気がする。坐禅をする時、公案や禅師の教えに参学する時に自分の心と体の中に、キリスト教の信仰と全く矛盾がないことを感じている。キリスト教の信仰を保ちながら、祈りを続けながら、キリストの教えを実践しながらも、釈尊や禅師の教えをなにも抵抗なく受け入れることができるような気がする。指導をしてもらっている鎌倉の三雲禅堂の山田耕雲老師もこれについて宿題を与えてくれた。
「キリスト教の信者であるあなたに、特にカトリックの宣教師であるあなたが参禅する時、禅で言う無の世界とキリスト教で言う神とはあなたの中にどういう関係であろうか。無と神とは最終的に同じものであろうか」。
これはよく考えたのだが、はっきりした返事が出せない。言葉にすると違うようで、言葉とすべての考えを離れて「只管打坐」している時に無と神と自分とは互いに何も妨げない状態にあるのである。
禅の「無」はすべてを否定するニヒリズムと違って、原始仏教時代から言われてきた「諸行無常」(あらゆる物は流動していて、固定した物はなに一つない)と「諸法無我」(いかなる物はそれ自身によって存在するものはなに一つない)と同じ立場で、大乗仏教の「空」や中国禅の「無」はすべての物や現象が縁起の法によって成り立っていることを意味するのである。空や無は、すべての物が流動し、それ自身によって存在せず、互いに寄り合う関係で成り立っている(縁起)という事実を直感的にとらえて、「空」や「無」と言うのである。
仏教では無常無我である宇宙全体の真実を人格化して「法身」(仏の三身説の中の法身)とも言う。大日如来(毘盧遮那仏)は釈迦牟尼ゴターマと違って歴史的な人物ではなく、また阿弥陀如来、観音菩薩などと違って修行を徹底した人間の理想的、完全な姿としての仏ではなく、宇宙全体の命、その絶対的真実を人格化して表わす仏身である。
中国禅では宇宙全体の真実を人格化する必要を感じなかったし、人格化すると修行僧を惑わす危険を見て、最も具体的にこれをただ「山河大地、日月星辰」、また「草木瓦礫」、「庭前の柏樹子」、などと言い、目の前に現われるすべての物そのままが絶対的な真実だと表わした。
道元禅師も中国禅の教えを受け継いで同じようなことを述べたが、絶対的真実の人格化をある程度思わせる「尽十方界、真実人体」という言い方をも使ったのである。「人体」という言葉で宇宙の絶対的真実を表わすが、それは人間のような個人的な人体ではなく、ただ言葉で表わせない真実を何とか人に会得させるために工夫した言葉ではないかと思う。
仏教や禅とキリスト教とが絶対者を表わす時の違いはどこにあるかと言えば、仏教や禅ではこの絶対者を宇宙や大自然の中で見出したことに対して、キリスト教(その前にユダヤ教)は歴史の中で絶対者を発見したことにあると思う。これは東洋人と西洋人の違いとも言えるだろうが、特に地中海の文化の人々は周りの大自然より歴史の出来事の中に絶対者の在り方やその働きを見出したのである。聖書を見れば、ヘブライ人の一番重要な宗教体験は紀元前一三世紀に起こったエジプトからの脱出である(出エジプト記参照)。ヘブライ人の指導者モーゼは宗教体験によって絶対者と出会い、その力を借りて、エジプトで奴隷になっていたヘブライ民族を脱出させた。
モーゼが体験したこの絶対者の名前は自然の言葉を借りたものではなく、存在そのもの、生命の原則を意味している「ヤーヴェ」と言うのである。
「モーゼは神に言った、私がイスラエルの人々のところへ行って、彼らに、あなたがたの先祖の神が私をあなたがたのところへ遣わされました、と言うとき、彼らが、その名はなんというのですか、と私に聞くならば、なんと答えましょうか。神はモーゼに言われた、私は『有って有る者』。また言われた、イスラエルの人々にこう言いなさい、『私は有る』、というかたが、私をあなたがたのところへ遣わされました、と」(出エジプト記、3章、13-14 )。
出エジプトの前に(紀元前一九世紀)ヘブライ人の大先祖アブラハムも絶対者を体験して歴史の出来事を通して自分の民族を守る偉大な者として神を信じた(創世記12-25章参照)。出エジプトの後にヘブライ人はパレスチナ地方に定住し、自分たちの力をはるかに超える者、強い腕で歴史の中に働き、自分たちの国を守る「ヤーヴェ」を救い主として体験し続けた。ヤーヴェの言葉は預言者に示され、ヘブライ人がこの言葉に従って生活する時に国が栄え、反対に神の言葉を忘れて自己中心的にふるまう時に滅びたのである。
後にユダヤ教の中から現われてキリスト教を始めた「ナザレのイエズス」は絶対的真実の人格化であるヤーヴェのことを「父」と呼び始めた。
「その時イエズスは次のように仰せになった。天地の主である父、わたくしはあなたをほめたたえます」(マタイ、11章、25)。
「あなたがたはこう祈りなさい、天におられるわたしたちの父よ、み名が尊まれますように。み国が来ますように。み旨が天に行なわれるとおり、地にも行なわれますように」(マタイ、6章、九)。
神を「父」と呼ぶことは絶対者の人格化を示す。天地の主であり、宇宙全体を充満する絶対の真実を人格化して、親しみを込めて父と呼ぶ。しかし父とはこの人格の個人性を強調することより、絶対的真実とそれを仰いでいる人間との親しい関係を強調するのである。子供は父親から命を与えられて、毎日見守られて生かされている。親と一つで、親から離れることができず、生きるためや成長するためにその言葉に従う。禅でも人間は山河大地から生かされていて、それと一つである。また完全な人間になるために自分の生きかたを尽十方界真実人体のありかたに合わせる修行をするのである。
キリスト教は神を創造主とも言い、宇宙万物のすべて、人間も神から造られたと教えている。絶対の真実を人格化すれば、そこに根源があるすべての万物がこの人格によって造られたと言うのは当然であろう。天地創造の物語は聖書の一番始めにあるが、この物語が今の形で書かれたのは紀元前六世紀頃だと考えれば、ヤーヴェの信仰がヘブライ人の信仰として確定された出エジプトの出来事から七世紀以上経っていた。その間にヘブライ人は歴史の中に救い主として、時にはやさしい、時には厳しい親として神の働きを経験したのである。
「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女に創造された」。(創世記、1章、27)。
天地創造の物語からとったこの言葉は、時々誤って、神が人間の形であると思う人がいるが、そうではなく、人間が神の形である。イエズス・キリストのように神を父と見れば、人間はその子である。法華経が譬喩品で説く火宅のたとえや信解品で説く長者窮子のたとえも仏と人間の関係を父子の関係で表わす。
結局キリスト教の神と禅の無は言葉の上で全く違うものに見えても、両方が絶対的な真実を示す言葉であることは明らかであろう。それらは絶対的なものであるから、言葉を使って表わすものではない。無と呼んでも、父と呼んでも、神と呼んでも、法身と呼んでも、ただ人間の理解力に合ったたとえに過ぎないという気がする。
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キリスト教でも修行はいつも大切にされてきた。四世紀あたりからパレスチナ、ギリシャや北アフリカで個人や団体で修道生活を営なむ人が大勢出て来た。エジプトでアントニオ(251-356)やパコミオ(292-346)、イタリアでヌルシアのベネディクト(604 歿)、アシジのフランチェスコなど。現代のカトリック教会の中にもベネディクト派のトラピスト修道会のように、世間の中に活動せず、修行だけをするような修道会もある。禅の戒律に相当する会則があり、質素な生活を営なみ、祈りと労働を中心とする生活を営なんでいる。指導者(霊的指導者)に従うことも大切にしている。
坐禅に相当するものとしては瞑想(観想ともいう)がある。しかし道元の坐禅が只管打坐であるのに対して、キリスト教の感想は主に対象のある観想である。聖書の言葉、キリストの生涯、また聖人の言葉、キリスト教の教えを対象にして、沈黙の中にそれをみつめながら心に受け止める。しかしこれの他に対象のない観想もある。東方教会で盛んになった「イエズスのみ名の祈り」のように、短い言葉やキリストの名前をいつまでも呼吸と合わせて繰り返す、念仏のような祈りのしかたもある。また対象なしで、ただ心を空にして沈黙のうちにその状態を保つ瞑想もある。特に中世時代の聖ヴィクトルのヒューゴ、エックハルト師、ジョーン・タウラー、「不可知の雲」の著者、後にスペインのアヴィラのテレジア(1515-1582)や十字架のヨハネ(1542-1591)、などがこのような観想のしかたを教えた。フランチェスコ派の修道会の総長をも務めたボナヴェントゥーラ(1221-1273)は次のように書いている。
「完全な観想の状態を得るために、心を清める必要がある。まず心の知性を清めるには感覚の印象を抑える。次に想像の表象をも抑えて、更に哲学的論理から全く自由になった時に完全に清められるのである」(Bonaventure, First Book of Sentences, in Enomiya Lassalle, Zen Meditation for Christians, 1974, p.79)。
修行については具体的な方法を別にして、禅とキリストが一番合っているところは自己を抑えて(死なせて)、真実に目覚めることであると思う。それは道元禅師の言葉で言えば「身心脱落」、また禅で言う「大死底の人」、「大死一番、大活現成」というところである。自分進んで大死の境地に飛び込んで、かえって自由無礙の活躍をすることができる。これは肉体の死を意味するのではなく、あらゆるものを捨てきった境地に初めて悟り、救いが得られるということを表わすのである。
イエズスにある金持ちの青年が、永遠の命を得るにはどうすれば良いかとたずねたところ、イエズスは、あなたの持ちものを全部売り、貧しい人々に施しなさい、そうすれば天に宝を蓄えることになる、それから私についてきなさい、と答えた(マタイ、19章、16-22 )。
「また、天の国はよい真珠を捜し求める商人に似ている。その人は高価な真珠を一つ見出すと、持ちものを悉く売りに行き、そしてそれを買う」(マタイ、13章、44-46 )。
「あなたがたのうちで、自分のいっさいの持ち物を捨てきる者でなければ、だれも私の弟子となることはできない」(ルカ、14章、33)。
「私の後に従いたい者は、おのれを捨て、日々、自分の十字架をになって、私に従いなさい。自分の命を救うと望む者は、それを失う。しかし、私のために、自分の命を失うものは、それを救うであろう。たとえ全世界を手に入れても、自分自身を失ったり、損じたりするならば、なんの益があるだろうか」(ルカ、9章、23-25)。
実際にイエズス・キリストは三三才で、十字架に掛けられて死んだ。理由は彼が発見した神の国の真実が当時のユダヤ教の組織の虚しさを示したからである。特に自分が神と一つであること、父である神の独り子、宇宙の絶対の真実である神と自分とが、あまることなく、欠けることなく全く一体(父の独り子)であるということが、細かい律法に基づいて報いと罰を中心にしていたユダヤ人から理解されがたいものであった。しかしすべてを捨てて、命も惜しまずに死んだイエズスが復活し、彼を信じる人にとって永遠な存在となったのである。キリスト教では死によって真の命を得ることを非常に大事にしている。これは「キリストと共に死に、キリストと共に復活」するというのである。教会の入会式である洗礼は本来、川の水に入って行なわれた。これはただ体を清める意味ではなく、水に沈んで古い人間が死に、キリストと共に新しい永遠の命に生きる意味である。式の言葉も死ぬことによって新しく生きることを強調するのである。
「悟り」と言えば、特別な精神的体験を考えることが多いのである。キリスト教でも祈りや集中した観想によって、神と一体である体験を求めることもある。しかし道元禅師が教えるように、悟りの世界は目の前に現成している山河大地である。自分が周りの物、周りの人と一体であることを見たら、そしてそれらしくふるまえば、それは悟りそのものである。禅でいう悟りの世界はキリストの言葉で言えば「神の国」に当たるのではないかと思う。
「イエズスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて、時は満ち、神の国は近づいた、悔い改めて福音を信じなさい、と言われた」(マルコ、1章、14)。
救いの時は今である、神の国は遠いものではなく、ここである。日常生活が救いの永遠の命である、それを生きるために心を新しくして自分と他人、自分と万物との堺を除くことが神の国である。キリスト教が教えの中心とする「愛」ということもこれと同じである。互いに愛し合いなさい、敵をも愛しなさい、と言う時に、ギリシャ語の原文ではこの愛を「アガペス」という。ギリシャ語では「愛」と訳せる言葉が三つほどある。アガペスの他に、性的な渇愛を意味する「エロス」と好む気持ちを意味する「フィリア」とがある。「アガペス」は兄弟愛とも訳されて、相手と自分が一つの心である、彼の悲しみが自分の悲しみであり、その喜びは自分の喜びであるという意味を持っている。キリストの十字架に従って自分が死に、愛をもって皆と一体になって神の国を実現させる人は、禅で言う身心脱落した人の大活現成の働きに相当すると思うのである。
初代教会の大宣教師であったパウロはキリストと一つになって、すべての人の救いのために命を尽くした。
「わたしはキリストと共に十字架につけられました。生きているのは、もはやわたしではなく、キリストこそわたしのうちに生きておられるのです」(ガラテヤ人への手紙、2章、19)。
また第二、三章でアシジのフランチェスコについて述べたように、彼がすべてのものと一体になってこれらを兄弟姉妹と呼び、万物も奇跡的にフランチェスコに従った。そして、亡くなる二年頃前に受けた聖痕がフランチェスコの心がいつもイエズス・キリストと一体であったことを示した。フランチェスコこそが持ち物をすべて捨てて貧しい生活で身心脱落の境地を示したと思う、そして宇宙万物、山河大地、草木瓦礫と一体で、悟りの世界の完全な歓びの中に生きて、歓びの中に死んだ人なのである。
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禅でもキリスト教でも修行を通して自己を忘じて、宇宙万物と一体であることが分かれば、修行者の態度は変わるはずである。宇宙万物、動植物、すべての物を大事に扱い、自然と環境を守るに力を尽くす。また自分と一体である他の人間と平和を保つであろう。しかもこの道に他の人を導く大きなな責任を背負っているのである。
道元が言う「心とは山河大地なり、日月星辰なり」ということを悟った人、またキリストが言う「自分のように隣人を愛しなさい」ということを悟った人には世界を新しい目で見ることができる。神と万物の不二一体、自分と絶対の真実の不二一体を絶えず体験するであろう。
物を使う時、ただ自分の必要を満たす材料としてではなく、自分と同じ命で生きている物として見るのである。フランチェスコが水を使う時に、落ちた水を踏まないように気を付けていたことが理解できるであろう。また道元禅師が正法眼蔵「洗面」や「洗浄」の巻で言うように、顔を洗ったり、用を足したりすることはそれ自体が仏道であり、悟りを表わす行である。自己中心的な人は自分のこと、自分が欲しい物、自分と関係ある物だけに気が付くのである。反対に仏道を修行する人、またキリストに従っている人は自分の周りに生きているすべての物、起きている色々な現象にすぐ気が付いて、それは仏性の現われとして受け止め、またキリスト教徒であれば、被造物がそのままの姿で創造主である神を讃えていることに喜ぶであろう。
現代の人は空気や水の汚染のために心配し始めて、汚染をやめてそれらを浄化する方法を考えている。しかし多くの場合、汚染した環境に人間の生活が危ないから心配する。他の動物や植物、また水や空気の命が危ないから心配するのではない。修行者は万物を自分の必要を満たす材料としてではなく、万物を生きている物として見るので、例えばフランチェスコのように水を「姉妹水」と思えば、姉の体である水の中に、毒酸や放射能物質を流すことはしないであろう。空気にも燃料の煙を気楽に流さないであろう。大地、山、森林も同じことである。山河大地が自分と一体だと悟ったら、利益のためにそれらを勝手に滅ぼさないであろう。全体的に言えば、現代の地球の汚染や他の問題は、人間が宇宙万物と一体であることが分からず、自己中心的に(個人の自己と団体の自己とがある)ふるまうから起きていると言える。
一方すべてと一つであれば、自分と他人が一体であることが分かり、人を憎んだり、傷つけたり、殺したりすることができないであろう。国際平和が人類の当然の状態であるのに対して、戦争は、いくら大きな国の立派な大統領がそれを認めても、迷っている人間の狂信的な病症としか言えないのである。
一八世紀のヨーロッパの理性主義は、現代社会にとって宗教は意味がないと宣言した。しかし、現代の人類や地球を救うことができるのは科学よりも、宗教ではないだろうか。素晴しいことを発見しても、技術を信じられないほど高めても、それが世界をよくする発明になるか、また世界を滅ぼす武器にならかは、人間の心によるものである。宗教は人間の心を一つにし、人間が自分の力で平和を作り、子孫のためにもっと良い世界を準備することに導くのである。
本当の宗教はただ、香の匂いがする暗い本堂での坐禅、また教会での祈り、儀式などに止まらず、自然に行動に移るのである。すべての人と一体であれば、人の苦しみを見る時に安心していられず、それを治すために働くであろう。フランチェスコも祈りと説教の他にアシジの近くの癩病所の人たちの傷を洗ったり、手当したりせずにいられなかったと同じようなものである。また自然が汚染のために苦しんでいることに耐えられず、それを治すために力、知識と技術を尽くすであろう。
すべての人間と自然との兄弟関係を教えたフランチェスコが、全世界の人々から受け入れられたかのように、昨年一九八六年、十月、二七日、フランチェスコの町アシジで「世界平和の祈り」という祈祷会が行なわれた。世界の殆どの地域から、殆どの宗教の代表百人が集まって、それぞれのやりかたで世界平和のために祈りをした。世界の諸宗教が政治色抜きに、ただ祈るだけに一堂に集まったのは画期的なことである(朝日新聞昭和61年、10月、28日)。その祈祷会に参加した日本の諸宗教の代表者団は六二年、八月、三ー四日に京都の比叡山で「世界宗教サミット」を開催する予定である。
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